2003-07 農林水産図書資料月報  鈴木猛夫 著 「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活 長崎大学環境科学部助教授・中村修  本書は二部構成になっている。第T部「アメリカ小麦戦略」と学校給食、 第U部日本人の食生活と栄養学である。そして、この本全体を通して重要な 位置を占めているのが学校給食である。 ●「アメリカ小麦戦略」  戦後、食糧不足の際に、アメリカの小麦と脱脂粉乳で学校給食がスタート し、多くの子どもの命を救ったことは有名である。  ただアメリカは無償で小麦粉を配ったわけではなく、自国の余剰小麦のは け口として、さらには将来の小麦の客として育成するという戦略を持って取 り組んでいた。これは『アメリカ小麦戦略』(高嶋光雪 家の光協会 1979 年)に詳細に描かれている。  今回、著者は「アメリカ小麦戦略」に新たな資料を加え、日本の食生活の 急激な変化とそれに貢献した栄養学のありかたについても批判をふまえた提 案をしている。  アメリカから送られた小麦は格安で販売され、その売り上げの一部の使い 方はアメリカの農務省から、きちんと指示されていた。総額4億2千万円の 資金がアメリカから日本に活動資金として渡され、当時の厚生省、農林省、 文部省が協力してアメリカの指示した事業を展開した。その結果、キッチン カーが全国を走り、草の根レベルから和食の否定、パン食への転換が進めら れた。  1958年、慶應大学医学部教授の林氏は『頭脳』という本を出版し、「米食 をすると頭脳が悪くなる」と主張する。さらに、小麦食品業界は科学者とし ての彼を活用し「米を食べると馬鹿になる」というパンフレットを作って、 彼の講演の場で数十万部も配布していく。  学校給食の場では、栄養士による「科学的食事指導」によって米飯は否定 され、パン食こそが科学的な食事だと、子どもたちは日々教育されていった。  こうして育った子どもが大人になったとき、米を軽視し米の輸入を受け入 れていったことは偶然ではないだろう。  著者が本書であらわしたよう、栄養学を戦略的に組み込んだアメリカの小 麦戦略は、日本において見事に成功をおさめた。  著者は批判にとどまらない。学校給食で日本の食文化が破壊されたのであ れば、学校給食を通して日本の食文化の回復が可能である、という信念に基 づいて、米飯給食、日本型栄養学を提案する。  この日本型栄養学という概念にひかれて評者は東京に住む筆者を訪問した。  現在の学校給食の献立は一見、豪華である。しかし、栄養素的には十分で も、食材は輸入品であったり、地域外のものばかり使われている。米飯には 毎回必ず、合成のビタミン剤である強化米が添加されている。  一方、食中毒をおそれるあまり、生野菜は一切使われることはない。キュ ウリは熱湯を通らせたものが子どもたちに提供される。パンに肉うどんに牛 乳、きんぴらという奇妙な組み合わせの献立がまかりとおる学校給食を毎日 食べることで、子どもたちは、食事の意味を栄養素でしか感じられなくなっ ている。栄養素で食事を考えれば、地域の農産物も輸入農産物も同じ。しか も、足りない栄養素はコンビニで合成ビタミン剤として販売されている。 ●農業政策としての地産地消  このような学校給食の現状と子どもたちの食の現状に出会い、評者はその 解決方法に苦慮してきた。著者もまた市民運動として学校給食の改善に奔走 している。ここでの基本的な考え方として、著者は和食を主体とする日本型 栄養学の必要性をいうのだが、新しい学問のありかたの提案としては弱さを 感じた。米を主体にした和食のすすめと、企業戦略に翻弄される栄養学への 批判は、それぞれ別の課題として論じたほうが、今後の展開が望めるのでは ないだろうか。  ただ、地産地消が国の政策として掲げられ、地場の農産物を使った学校給 食がその中心として動き出している今、本書は重要な資料、あるいは基本的 な考え方を提示するものとして、一読をお勧めしたい。