月刊「地方議会人」 2002年12月号
食と環境 
地域からの食糧自給と循環型社会建設

・楽しい地場産給食
 日本の食糧自給を高めることは容易ではないが、地域の自給を高めるのは簡単にできる。
 長崎県は、これから3年で県内79市町村の半分が何らかの地場産給食への取り組みをはじめる事業を準備している。
 全国に先駆けて長崎県が独自の事業を展開しているのは、地産地消の実現を目的にした県の「アグリビジネス検討委員会」と3年前の「学校給食の地場産自給率調査」がきっかけとなっている。この調査は食糧庁の事業として県の協力を得て、県内のすべての市町村の学校給食の食材がどこから来ているのかを調べたものである。(注@)
 例えば、表1は西彼杵郡大瀬戸町の結果。。栄養士の協力を得て、1週間の献立とその素材、および素材の産地を詳細に調べた。 
 1日目はご飯、すき焼き、サンマのみぞれ煮、高菜の油炒めという献立だが、大瀬戸町の産物はまったく使われていない。2〜5日目も同様である。ここでの地場産とは大瀬戸町内産、県産とは町内産を含めた県内産、国産は県産を含めた国産。不明は調べてもはっきりわからなかった部分。
 大瀬戸は人口8200人ほどで、900食の学校給食センターがある。都会の子どもから見ればうらやましいような海や山があり、漁業も農業もある。新鮮な食材が豊富にある。にもかかわらず、大瀬戸の子どもたちは給食で地元のものを一切食べてはいない。これは、地域の農業はいらない、という暗黙の教育でもある。
 例えば、大瀬戸は漁業の町でタコの産地だが、タコは東京の市場に空輸されるだけで、地元の子どもたちが給食で食べることはない。地元の特産品が地元では食べることはできずにすべて東京市場に送られるという傾向はどこの産地でもおこなわれており、その結果、地元の農業・漁業が子どもたちに理解されないことにつながっている。
 給食費は食材費の費用であるが毎月3800円なので、11ヶ月分の900食では年間におよそ3800万円程度になる。
 900食のセンターでは年間およそ9000`の米が消費されている。これは反収400`として220eの水田面積に匹敵する。この程度であれば、無農薬で栽培されている米を供給することもできる。野菜も直売所が充実しているので、地元の旬の野菜をそろえることも容易だ。水産物も工夫を重ねれば(東京に空輸するよりははるかに容易である)給食で食べることはできる。
 大瀬戸には酢の醸造元がある。無添加でハムを製造している工房も町内にある。大瀬戸町ゆえの様々な食材がある。
 かつては、町内で生産されるものを普段に食べることが、その町に住む、町に生きるということであった。ところが、学校給食では、地域とまったく関係のない食材が提供され、その結果、子どもたちは、地域の農業・漁業と積極的に切り離されていった。
 しかし、大瀬戸町ではこの調査をきっかけに教育委員会、議会が動き出し、少しずつではあるが地場産の導入をはじめている。
 長崎県内各地でも動きがはじまった。人口8万7千人の大村市では、小学生6400人が4つの給食センターで調理される給食を食べている。小学生の給食費は4100円である。
4100円×6400人×11ヶ月分=2億8800万
 どこの産地かもわからずに利用していた2億9千万円分の給食の食材を、これから地元の直売所、有機農業者、新規就農者、漁業者から購入する準備をはじめている。
 地場産給食に反対する人はいない。保護者も農業者も大喜びである。でも、なかなか実現しない。
 給食に地場産が利用できる、と知らない議員が多い。さらに、既得権を守るために地場産給食に消極的な人。地場産給食の立ち上げ段階では煩雑な仕事が発生するために、仕事が増えるのを嫌う職員などがいるためである。
 地域で何かをやろうとすると、これらの問題は避けて通れない。
 そこで筆者の主宰するNPO法人地域循環研究所は大村市からの委託を受けて、地場産給食のための調査と誰もが納得する流通つくりの支援を行っている。2年後には1億円以上の農産物を地場の特定の生産者から調達するだけでなく、子どもたちと農家との交流もすすめる予定である。
 福岡県椎田町では実験的に子どもと農家の交流をおこなっているが、みんな大喜びで参加する。ここまで盛り上がると企画する側も嬉しい。
 学校給食の市場は全国で1兆円。ここにいま漫然と輸入農産物、外国産の加工品が届けられている。食糧自給を形にするのなら、教育効果も大きく、自治体が動けば確実に購入可能な学校給食から取り組むのが効果的である。

・地場産給食のためのさらなる戦略
 以上の調査だけで地場産給食は実現する。しかし、給食事業そのものを見直したい、という問い合わせもある。例えば、行政の財政が厳しく支出を減らしたいが、給食のセンター化や民間委託をいうと、市民や組合から大きな反発がでる。どうしたらいいだろうか、という職員の質問である。
 センターにしたからといって、自治体の負担が減るわけではない。「センターが安い」という具体的な金額を並べたデータは、一つもない。筆者が試算しても、センターと自校式では5%ほどの差しかなかった。これは誤差の範囲である。
 確かに、センターで大規模に給食をつくれば、調理員の数を少し減らすことはできるが、センターゆえに配送や、各学校で給食を受け取るパートを雇わねばならず、人手は減らない。さらに、災害時の避難先としての学校ごとの調理施設という意味もある。
 センターであろうが自校方式であろうが建設費も、職員の数もたいしてかわらない。一番効果があるのが、調理員の人件費を下げることである。年間の公務員の平均賃金700万円、パートの賃金は200万円にもならない。
 一方、給料が高い公務員にもかかわらず、地場産給食のような手間がかかる仕事には消極的、という側面も見逃せない。
 そこで組合や自治体に提案しているのが、調理員の専門職員化とキーパーソン方式による調理である。
 キーパーソン方式とは、小規模な学校には公務員の調理員は1人だけおいて、残りは非常勤の職員で調理をおこなう。大規模な学校に常勤職員を複数配置することで、育児休暇や生理休暇などに対応する。この方式であれば、現在働いている職員を活用しながら、人件費を減らすことができる。
 一方、公務員としての調理員には、定員を確保し身分を安定化させるという条件を示して、給食の専門職員として育成し、評価する。こういう条件を出せば組合は反論しない。
 給食で地場のものを利用しているか。合成の添加物は使っていないか。アトピー対策はしているか。料理はおいしいか。農家と子どもたちの交流会は実施されているか。といった様々な評価を制度として導入する。(注A)
 評価制度があることで、地場産給食はすすみ、人件費の削減と、おいしい給食を、市民や組合との摩擦なしにつくることができる。
 学校給食という具体的な場で、地場の農産物を利用し、さらに給食事業そのものを変革しようと思えば、こういった手法も必要になる。

・地産地消で自給と循環社会つくり
 地場産給食をベースにすれば、循環型社会の建設も容易である。
 例えば、福岡県大木町では、家庭の生ゴミを循環利用するような社会作りに挑戦している。家庭の生ゴミを分別回収し、メタン発酵させる。メタンガスは施設園芸で自然エネルギーとして利用し、廃液は液肥として水田の肥料とする。その米は学校給食で利用する。生ゴミを分別した家庭には、お礼として地域通貨を提供する。こうした実証事業を重ねている。
 福岡県椎田町では人間の屎尿を液肥として水田で利用している。この屎尿液肥の評価を高めるために学校給食で「循環米」として利用するための戦略を練っている。
 大木町や椎田町の循環型社会作りの事業に筆者は関わっているが、ここでもベースは学校給食である。
 学校給食で子どもたちが地元の農産物を食べる。その農産物が生ゴミ肥料で栽培されているのなら、市民は生ゴミの分別を丁寧にやる。生ゴミが資源として子どもたちの体に戻っていくからだ。学校給食をベースにすれば、地産地消は自給率を向上するだけでなく、循環型社会の基礎にもなる。
 調査の予算がない、という自治体が多い。ハード事業には数十億円もだす自治体だが、一方で、ソフト事業に出すお金は持っていない。
 そこで、大木町ではNEDOの「新エネルギービジョン」という事業を利用して循環型社会のための基礎調査をやった。この事業は自治体負担ゼロである。しかも、調査をしたからといって必ずしもプラントを建設しなければならない、という縛りもない。ちなみに、大木町では2000年度環境省の調査、2001年度新エネルギービジョン、2002年度からは福岡県の調査事業などを使って循環のための調査、実証事業をやってきた。この4年間、町はソフト事業である調査にお金を1円も使っていない。
 さらに、農水省の事業で2分の1の補助でバイオガスプラントを建設することができる。ここには家庭の生ゴミだけでなく、畜産の糞尿や食品廃棄物もいれ、総合的な有機物循環事業を安価におこなうことができる。
 人口2万ほどであれば、プラントと管理棟で3億円ほどかかり、自治体はその半額の1億5千万円の支出でいい。
 生ゴミは燃えるゴミの半分近くになるから、生ゴミを分別して資源化すれば燃えるゴミは半分になる。さらに、食品工場やファミリーレストランの生ゴミを引き受ければ、かなりの収入が望める。同時に、生ゴミを出したレストランには農産物も買ってもらう。これで循環になる。

 食糧自給と環境問題の解決に必要なのは、具体的なお金の話と、戦略である。戦略もお金も語らない理念は、現場では使えない。
 各地での実践活動を経て、理念を経済事業として展開する方法が、見えてきた。

連絡先
〒852−8521
長崎市文教町1−14 長崎大学環境科学部
電話 095−843−1633(直通)
ファクシミリ 843−2033
osamu.nakamura@nifty.ne.jp  
 
注@ 中村修・秋永優子「学校給食の地場産自給率に関する調査」2002年3月 長崎大学総合環境研究 第3巻 合併号(P19-P31)
なお、全文、全データは http://www.junkan.org/ のデータベースで紹介している。
注A栄養士がこれらの役割を果たすことができるが、栄養士は県の職員のため、市町村の方針を実践させるには、市町村の職員である調理員を使った方が確実である。

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