地場産給食への取り組み 
       <ローカルな経済への第一歩としての地場産給食>


                 中村修
           長崎大学環境科学部助教

1 長崎県の地場産給食の取り組み
 
 長崎県は全国にさきがけて、独自の地産地消事業に取り組もうとしている。
 農水省が地産地消をいいだしたことも大きな要因だが、長崎県では県が率先して直売所の振興など地産地消事業に取り組んでいる。さらに、県はこれから3年で県内79市町村の半分が地場産物を利用した学校給食への取り組みをはじめるような支援事業も検討している。
 全国に先駆けて長崎県が独自の事業を展開しているのは、3年前の「学校給食の地場産自給率調査」、優れた農業経営者がそろった県の委員会(アグリビジネス検討委員会)などが丁度、時期を重ねるように動き出したことが大きな要因となっている。
 「学校給食の地場産自給率調査」は食糧庁の事業を利用して、県内のすべての市町村の学校給食の食材がどこから来ているのかを調べたものである。 注@
 例えば、表1は西彼杵郡大瀬戸町の結果である。学校栄養士の協力を得て、1週間の献立とその素材、および素材の産地が詳細に調べられた。
 1日目はご飯、すき焼き、サンマのみぞれ煮、高菜の油炒めという献立だが、大瀬戸町の産物はまったく使われていない。2〜5日目も同様である。
 ここでの地場産とは大瀬戸町内産、県産とは町内産を含めた県内産、国産は県産を含めた国産。不明は調べてもはっきりわからなかった食材。なお、この調査は栄養士が納入業者である八百屋などから市場を経由して聞いたものであるため、輸入品なのに国産と偽装されたものであれば、そのまま国産とカウントされている。
 大瀬戸は人口8200人ほどで、900食の学校給食センターがある。都会の子どもから見ればうらやましいような海や山があり、漁業も農業もある。にもかかわらず、大瀬戸の子どもたちは給食で地元のものを一切食べてはいない、ということがこの調査でわかった。
 例えば、大瀬戸は漁業の町でタコの産地だが、タコは東京の市場に空輸されるだけで、地元の子どもたちが給食で食べることはない。地元の特産品が地元では食べることはできずにすべて東京市場に送られるという傾向はどこの産地でもおこなわれており、その結果、地元の農業・漁業が子どもたちに理解されないことにつながってきた。
 給食費は食材費の費用であるが大瀬戸では月額3800円なので、11ヶ月分の900食では年間におよそ3800万円程度になる。地場産ゼロということは、3800万円のお金がまるまる町外にでていることでもある。
 900食のセンターでは年間およそ9000`の米が消費されている。これは反収400`として220eの水田面積に匹敵する。この程度であれば、町内で無農薬で栽培されている米を供給することができる。
 野菜も直売所が充実してきたので、地元の旬の野菜をそろえることも容易だ。
 水産物も工夫を重ねれば(東京に空輸するよりははるかに容易である)給食で食べることはできる。
 町には酢の醸造元がある。厳選された原料を使った高級な酢が生産されているが、ここでは「給食で使ってもらえるなら、地元だから原価で譲ってもいい」と明言している。無添加でハムを製造している工房も町内にある。こうした大瀬戸町ゆえの様々な食材がある。
 かつては、町内で生産されるものを普段に食べることが、その町に住み、町で生きることであった。
 ところが、学校給食では、地元とまったく関係のない食材が提供され、その結果、子どもたちは、地元の農業・漁業、自然と切り離されている。
 しかし、大瀬戸町ではこの自給率調査をきっかけに教育委員会、議会が動き出した。少しずつではあるが地場産の導入をはじめている。
 動き始めたのは大瀬戸だけではない。この調査をきっかけに県内各地で動きがはじまった。そして、こうした動きを県は地産地消モデル、農業のこれからの一つのありかたとして積極的に支援しようとしている。

2 「理念」では動かない
 10年以上前に、ひろくよびかけて福岡県で「学校給食に地元の農産物を」というテーマでシンポジウムを開催したことがある。県の協力を得て、自治労(調理員)、栄養士会、生協、農協、教職員組合などの共催・協賛を得て大規模なものとなった。
 シンポでは地場産給食に反対する人は誰もいないどころか、みんな賛成であった。学校給食に関わる誰もが地元の農産物を使った給食の可能性を評価し、求めていた。その年、わたしは福岡県内で20カ所以上も講演によばれ「地元の農産物を学校給食に」という話を続けた。が、宗像市と那珂川町をのぞいて、どこも地場産給食に取り組むことはなかった。
 宗像市は市長選で地場産給食が公約としたために取り組みがはじまった。那珂川町は市民の盛り上がりではじまったが、やがて数年で中止になっている。
 市民運動や労働運動と共に「地場産給食はすばらしい」という「理念」を百万回唱えても地場産給食はけっして実現しない、ということを感じてきたこの10年であった。
 そうした視点で全国各地の先進的な事例を見てみたら、「無理」が浮かび上がってきた。

・A小学校のがんばるシステム
 A小学校では地元の無農薬の米や野菜を給食にとり入れて、手作りのおいしい給食を実現している。元気な栄養士と、それを支える農家もたくさんいる。子どもも地域も地場産給食で元気になっている。
 しかし、この栄養士が育児休暇で休むことになり代理の栄養士が来てくれたが、この小学校の給食は3ヶ月でふつうの給食に戻ってしまった。つまり、市場から購入した普通の農産物で普通の加工品を利用した給食に戻ってしまった。
 地域全体で盛り上げていたように見えた地場産給食ではあったが、栄養士一人の努力に任されていた給食でもあった。
 それゆえ、ここには多くの視察者が訪れるが、ここを真似る学校や栄養士は登場してこない。
 一般の栄養士ががんばっていない、というのではない。栄養士一人で頑張っても、地域の協力がなければ地元の農産物、海産物を手に入れることはできないからだ。ほとんどの栄養士は地場産の利用を切に望んでいる。

・B小学校の混乱
 B小学校には地元の農産物直売所の協力で、年間を通して旬の野菜が給食に届けられる。直売所の代表をつとめる農家が熱心なので実現しているが、6つの小学校に毎日配送して売り上げは年間200万円。給食は年に190回程度あるので、毎日の売り上げはわずか1万円程度。わざわざそのために2時間ほどかけて6つの小学校に地場の野菜を配達しても利益どころか赤字である。
 そのためか、トラブルが続いている。赤字を押さえるため規格がバラバラの野菜を給食室に持ち込んだら、調理の手間が増えて、調理員から苦情がでるようになった。
 配達や苦情の処理などに追われ、農家と子どもたちとの交流をおこなう余裕もなく、子どもたちは地元の野菜を食べていることさえ知らないでいる。

・熱意だけのC小学校
 有機農業に熱心に取り組むグループが給食に届けている、ということであったが、よく聞くと年に数回だけであった。
 「わたしたちの野菜は無農薬なので価格も高い。これを給食で子どもたちに食べさせたいが、給食費が高くなるので難しい」とのことであった。
 「どれくらい高くなるのか試算をしましたか」と聞いたところ、やっていない、とのことであった。また、給食が年間何回あるのか、給食費がいくらであるのかさえも、その有機農業グループは知らなかった。お金の計算もせずに流通はできない。
 年に数回有機農産物を提供して「地場産給食」とその気になっているが、数年やっても回数は増えないし、売り上げも増えていない。

 当たり前のことだが、地場産給食とは地元の農産物を学校に届ける流通が整備されて初めて実現する。
 しかし、市民運動のレベルでは地場産給食の素晴らしさばかり語られ、その流通の実現のための作業の積み上げがおこなわれることはなかった。あるいは、個々人のがんばりに依存していた。
 その結果、多くの人が視察に訪れるにもかかわらず、どこも地場産給食を真似ることはなかった。
 地場産給食に必要なのは、もはや理念でも頑張りでもない。地元のものを確実に届ける流通システムである。
 長崎県では農政の課題と地場産供給のシステム作りを事業として取り組んでいる。
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<表2 地場産給食のための知識>
・給食の回数 年間190回
・給食費は各地で異なるが、小学校で毎月4000円前後、中学校で4500円前後
・給食費はすべて食材費、夏休みが休みなので給食費は年に11回支払う
・栄養士、調理員の人件費は県、市町村が負担、水光熱費は市町村負担
・米飯は小学校低学年で1食70グラム、中学年で80グラム、高学年で100グラム、中学生は110グラム
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3 学校給食の影響力
 学校給食の影響力はきわめて大きい。
 わたしは1957年生まれの45歳だが、給食は輸入小麦のパンと脱脂粉乳だった。こんな給食で育った子どもが大人になって、自分の子どもを育てるときに、米を重要視せずに米輸入を受け入れるのは当然のことである。
 マクドナルドの戦略の一つに「子どもの時に毎日ハンバーガーを食べた子どもは、大人になっても毎日ハンバーガーを食べる」というのがあるが、学校給食はまさに毎日、教育の場で奇妙な食習慣、食文化を身につけさせてきた。
 学校給食では輸入農産物、加工食品、地域や季節とは無関係のメニューが当たり前になっている。給食では夏にほうれん草、冬にキュウリの献立が当然のようにでてくる。子どもたちは、地域の自然とは無縁の食を、当たり前のものとして受け入れ、やがて、一生の食習慣とする。
 この数十年を振り返れば、学校給食は地域の食文化の破壊、地域農業の喪失という意味では十分な貢献をしてきた、といえる。
 それゆえ、逆に、給食を活用することができれば、地域の食文化、地域農業回復の戦略として有効であると考え、実践してきた。
 その戦略の一つとして長崎では「地場産自給率調査」を県の協力を得て実施した。
 教育効果だけでなく、給食の経済効果もまた大きい。
 人口8万7千人の地方の中核都市D市では、小学生6400人が4つの給食センターで調理される給食を食べている。D市の農政課長と給食の話になったとき、地場産給食の教育効果という抽象的な話では乗り気がなさそうだったので、経済効果ということで実際に金額を計算してみた。
 D市の給食費は4100円。ちなみに、3500人もいる中学生の給食はない。中学生は冷凍のおかずを使った弁当やコンビニ弁当、ほか弁を利用して、ますます地域の農業と離れつつある。
 夏休みをのぞいて11ヶ月給食費の支払いがある。
4100×6400×11=約2億8千万円
 この数字を出したとたんに、農政課長は驚いてしまった。うまくやれば、これをそのまま地元の直売所、漁業者からすべて購入することができる。農産物の販売に展望を見いだせないでいた課長は、「中学校の給食もあったら4億円を超えますね」と急に乗り気になってくれた。
 ちなみに、長崎県内の給食の食材費は60〜70億円。これが県内の直売所、有機農家によってすべてまかなわれるようになると、子どもだけでなく、農村も元気になれる。
 学校給食の市場は全国で1兆円を超えている。ここにいま輸入農産物、外国産の加工品が届けられているが、これを地元の農産物に変えるノウハウが見えてきた。

4 地場産流通の創造
 10年前に「農家のための産直読本」(農文協)を出したときは、出版社の担当者でさえ、この本は売れないだろうと心配していた。しかし、これが売れた。
 当時は、まだまだ農協の支配力は強く、農協を介さずに農家が直接販売することは、農村ではタブーであった。農産物はすべて農協に集められ、いい商品から東京へと出荷されていた。東京に出荷するため、キャベツならキャベツばかりを生産しキャベツの産地となっていった。一方で地域固有の品種の栽培は途絶えていく。
 東京を中心にしたグローバル的農業の拡大と、ローカルな農業の駆逐である。
 その後、そのままの構造で、東京には世界中から安い輸入農産物が流れ込み、キャベツの産地を形成した地域は農業地域として壊滅していく。消費者は一時的に安い農産物を得て喜ぶが、中身の信用できない輸入農産物におびえることになる。
 それゆえ、いまや直売所、産直ブームである。少しセンスのいい直売所では年間の売り上げが数億円、というのも珍しくなくなった。新鮮さと農家との何気ない対話が直売所の売りである。しかし、これからどうしたらいいのか、というところで手詰まりになってきた。
 悲惨なのは無農薬有機農業をやってきた農家である。苦労して育てた農産物を、どうにかして労働に見合う価格で消費者グループや生協に販売してきたが、輸入の有機農産物がはいってくると生協は値下げを要求し、価格は下げられた。無農薬で栽培した米を、1俵わずか2万円で売っている農家もでてきた。これは10年前の普通の米の価格である。無農薬なら4万円は欲しい。有機農業は、いまや先が見えない状況である。
 そこで、長崎では学校給食へ地場の農産物、有機農産物を届けよう、という事業提案である。
 「消費者」は価格で輸入農産物を選択する。しかし、子どもが直接関わる学校給食では「消費者」から「親」の顔に戻ることができる。
 地場の農産物を利用しても給食費はあがらない。減農薬の農産物を利用しても4000円の給食費は200円しか高くならない。無農薬の農産物、無添加の調味料で給食をつくっても500円高くなるだけだ。その程度で1ヶ月の給食がまかなえるのであれば、地元の、できれば無農薬の農産物の給食を欲しいと9割以上の親は願う。
 長く産直に関わった経験から言えば、学校給食ほど簡単な産直はない。なぜなら、身近に確実な客がいるからだ。輸入農産物と競争する必要もない。
 しかも、学校給食では、まとまった量が確実に購入してもらえるし、地元の強み、有機栽培の理念を受け入れてもらえる。
 これまでの経験から、いくつかの調査をきちんとすることで、着実に給食に提供できることがわかってきた。ただし、これは市民団体が独自にやっても意味はない。行政がやってはじめて動きにつながる。あるいは行政がやるように議会などを通してもいい。
 学校給食は市町村の教育委員会の役割なので、行政が動いてきちんとした調査のもとで流通計画をつくれば、簡単に地場産給食は実現する。

@自給率調査
地場の農産物がほとんど使われていない現状を調査し明らかにする。
A保護者アンケート
自給率調査の結果を公表し、保護者に地場産、有機栽培の食材が欲しいかを尋ねる。9割以上の保護者の賛成が得られる。このようにはっきりした数字を出すことで、行政は動きやすくなるし、動かねばならなくなる。
B食材の量、価格、時期の調査
給食で使っている食材の量、時期、価格などをきちんと調査する。現在購入している野菜などが意外と安くないことがわかる。
C生産可能性、旬の一覧
直売所、有機農家などの生産可能性、その地域の旬などを調べて、出荷量を確定する。多くの場合、価格と量が提示され、それが確実に購入してもらえるのであれば、栽培する農家は着実に増えていく。
D既存の流通の調査、新しい流通と利害の調整の提示
給食への流通は既得権に守られてきたが、変更することはたやすい。ただし、地元の八百屋などとの利害調整は不可欠である。これをやらないと販売量は増えない。新たな流通の提案をきちんとやることで、地場産給食の経済効果、教育効果が確実に高まる。ちなみに、学校給食会は単なる納入業者にすぎず、かつてのような特別な既得権はもはやない。

5 ローカルな経済からローカルな文化・思想が生まれる
 内山節さんの本に「ローカルな経済を創る」(農文協)がある。思想とは普遍的なものではなく、そこの自然・風土に根ざしたものでしかない。ただ、近代は欧米の自然からうまれた思想が、あたかも普遍的なものであるかのようにふるまってきたし、科学者、哲学者を含む多くの人はそう信じ込んできた、と彼はいう。
 欧米の自然に根ざすグローバル経済とグローバルな思想はセットで欧米からやってきた。それによってアジアやアフリカなどの地域固有の経済と文化と思想が破壊された、というのであるならば、文句を言う前にローカルな経済を積み上げるしかない。
 地域の自然に根ざすローカルな経済が積み上げられてはじめて、そこにローカルな文化と思想が胸を張って登場してくる。
 わたしはローカルな経済の第一歩として、地場産給食に取り組んできた。いち早く取り組もうとしている長崎県から、どんな果実が生まれるのか楽しみにしていただきたい。

注@ 中村修・秋永優子「学校給食の地場産自給率に関する調査」2002年3月 長崎大学総合環境研究 第3巻 合併号(P19-P31)
なお、この全文、全データは http://www.junkan.org/ のデータベースで紹介している。


キャプション
@鰯のフライ、ごはん、きんぴら、牛乳。献立だけ見ればおいしそうだが、実際は使い捨てのアルミ容器で6時間前に炊かれたべちゃべちゃのごはんを、先割れスプーンですくって食べるしかない。これはアルミ臭さくてまずい! 米嫌いを増やす戦略か、と思うほどまずい。鰯フライは先割れスプーンでは食べられないのでほとんどの子どもは手づかみで食べる。

A地元の農業を教室で話した後、プレゼントした米をみんなで炊いて食べた。この後、この農家の家に子どもたちが何度も遊びに行く。「相続税対策で田んぼを売るつもりだったが、あの子らが卒業するまでは耕そうと思う」と、農家も苦笑い。地場産給食は子どもも農家も元気にする。



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