エントロピー学会 第20回シンポジウム
9月22日(日) シンポジウムU:循環型農業の技

佐賀県杵島地区における液肥の取り組みの紹介
−社会技術としての液肥の課題−

日本学術振興会特別研究員(九州大学大学院農学研究院) 佐藤 剛史


1.はじめに
 家畜尿の処理に関しては、次のような問題点が存在する〔6〕。
@尿は土地に還元する他には、浄化処理しか手だてがなく、処理に係る施設費やランニングコストが高い。
A耕種農家では、液状で大量の尿を取り扱い、貯蔵するのは困難なうえ、悪臭がひどく利用し難い。
B肥料特性として窒素、カリ成分が高く、そのままでは偏った施肥となる。また、季節により尿に混じる雨などの水量が異なり、成分が一定でなく利用し難い。
C投棄的な土地還元は硝酸態窒素による地下水の汚染などが考えられ、たくさんの還元農地が必要である。
 佐賀県杵島地域では、1998年から畜産尿を液肥として利用する試みを開始した。取り組み面積は年々拡大し(第1表)、5年の蓄積の中で家畜尿液肥の利用技術が確立されつつある。つまり、上記の課題が解決されつつあるわけである。
 本報告では、杵島地域における家畜尿液肥利用の取り組みを紹介し、特に社会技術の視点からその成果、課題を考察する。


2.家畜尿液肥の施用方法

1)運搬方法・悪臭対策
 家畜尿の運搬方法は、畜産農家が、尿溜から固形物が入らないようにポンプを利用して汲みあげ、ステンレス製の特注容器(3t)や1t〜0.5tのポリタンク、バキュームカーを用いて運搬する。次に、水田や水路のそばに設置された1tポリタンクに尿を移し替える。その後、耕種農家がポリタンクの尿にリン酸とシリコンを添加する。リン酸を添加するのは、@pHを下げ、アンモニアの揮散量を減らすことで悪臭を防ぐ、A窒素とカリに比べて極端に少ないリン酸を補完する(注1)、ためである。なお、尿にリン酸を添加すると激しく化学反応するので、リン酸を加える前に消泡効果のあるシリコンを加え、アンモニアの揮散量を減らし悪臭を防ぐ。添加量は、元肥の場合、尿1tに対して、シリコン50ml、リン酸2.5lである。

2)施用量・施用方法
 元肥の施用にあたっては、まず圃場の均平化、代掻きを丁寧に行う。圃場に凸凹があると液肥の濃度差が生じるからである。
 田植え後3〜5日目に圃場を超浅水の状態にして、調整した尿液肥を灌漑用水と一緒に流し込む。この際、バルブを調整し、30分以上かけゆっくりと流し込む(面積とは関係ない)。液肥の施用量は第2表のとおりである。その後、水深が4〜5cmになるまで30分以上かけて押水を行い、尿液肥を均一に拡散させる。
 施用後は灌漑水が流入しないようにして減水するまで放置し、その後、通常の管理を行う。


3.家畜尿液肥利用の成果

1)尿処理費用の軽減
  1999年に施行された「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」により、畜産農家は家畜尿を適切に処理する義務が発生した。つまり、尿の素堀り投棄や、雨水で薄めて河川に放流するといった不適切な処理が全面的に禁止された。
 しかし、家畜尿の適切な処理技術である活性汚泥法(注2)、生物膜法(注3)等は、その施設の設備費やランニング・コストが高く(注4)、畜産農家経営を圧迫する。
  佐賀県杵島地域では、集約的な設備を用いず、リン酸、シリコンを加えるという簡便な方法で、家畜尿を液肥として水田に施用している。莫大な設備費・ランニングコストを必要としない尿の処理と利用を可能にしたといえる。

2)施肥労働の軽減・肥料費用の節減
 耕種農家にとってのメリットもある。その一つは、施肥労働の軽減である。家畜尿液肥を灌漑用水と一緒に流し込むという作業だけで施肥が可能になる。
 聞き取りを行った事例農家は「液肥は水口から流し込むだけなので今までより労力が少なくてすみ、特に夏の暑い時期の作業時間の短縮は農家にとって喜ばしい」としている。
 また、杵島農業改良普及センターでは、肥料費用を化学肥料3,865円/10a、豚尿液肥2,842円/10aと試算しており、10aあたり1,027円のコストダウンが可能になるとしている。この試算基礎は第3表のとおりである。

3)食味の向上と収量
 第4表は、圃場内5ヶ所で坪刈りを行い、収量、品質を比較した結果である。慣行栽培とほぼ同等の収量が得られ、品質も屑米重が少なく優れた成績であった。これは、即効性を有し、かつ残効が少ないという家畜尿液肥の肥料特性の効果によるものであろう。
 また、こうした肥料特性により、タンパク質の少ない食味のよい米の生産も可能となっている。この家畜尿液肥栽培米は、2000年から佐賀県の食味コンテストで上位入賞している。



4.家畜尿液肥利用の課題

1)限定的な利用
 産出される家畜尿を全量、液肥として利用できれば集約的な設備費やランニングコストは必要ない。
 ただし、現段階では、1年を通じて家畜尿を液肥として耕地に施用できるわけではない。灌漑用水と一緒に流し込むという簡便な方法で水田に施用できるのは、6月から9月までの水稲が栽培されている時期のみである。つまり、それ以外の時期は家畜尿を貯留しておかなければならず、そうすると巨大な尿溜が必要になる。
 実際に杵島地域で家畜尿液肥利用に取り組むある畜産農家は、液肥として利用している家畜尿は一部で、残りは従来通り素堀投棄を行っている(それゆえ、この度の法律対応として、尿処理施設や発酵床の導入を検討している)。
 逆に、年間を通じて液肥を利用しようとすれば、麦類など水稲以外の作物への施用技術を確立する必要がある。杵島地域や福岡県椎田町ではそうした試みが既に始まっているが、「簡便」「安価」という視点からすればまだ課題は多い。

2)運搬・散布システムの確立
 家畜尿液肥利用による耕種農家のメリットの一つに、肥料費用の削減を挙げたが、その液肥費用の試算には、1tポリタンク(55,000円)の減価償却、家畜尿の運搬費用、散布費用等は含まれていない。
 武雄市の場合、このポリタンク、リン酸、シリコンの購入コストを、行政とJAで組織する「リサイクル協議会」が「家畜排泄物リサイクル推進事業」として負担している。現段階では、この経済的な支援が、家畜尿液肥利用を成立させている一要因であることは事実である。
 同じことは畜産農家にも言える。耕地まで家畜尿の運搬を畜産農家が担っているが、この運搬にもかなりの時間を要する。畜産農家は「現在は、運搬などに関して、農業改良普及員等の協力が得られているが、協力がなかったり、これ以上運送距離が伸びれば取り組みは難しい」と言っている。
 つまり、杵島地域の家畜尿液肥運搬・散布方法は、簡便ではあるが、まだ、経営的に採算がとれるほどのシステムが確立されているとは言い難い。
 やはり、液肥はその性質からして、10a当たりの施用量はt単位となり、運搬・散布に多大な労力を必要とする。それゆえ、簡便で効率的な運搬・散布システムの確立が求められる。

5.結語−資源循環型農業の構築に向けて−
 OECDでは環境汚染の防止、回復については汚染者負担の原則(PPP)が確立されているが、農業に関してはPPP原則の適用が除外されると理解されてきた。しかし、今回の『家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律』は、畜産糞尿問題について事実上PPP原則の適用を想定したうえでの施策と理解すべきであろう〔5〕。つまり、原理的には、家畜糞尿は畜産農家の責任で適切に処理すべきものと理解される。
 しかし、尿処理装置の建設費とランニング・コストが、畜産経営を圧迫していることも事実である。
 本報告の事例地域で実践されている家畜尿の液肥利用は、集約的な装置を必要とせず、安価なコストで適切な尿処理を可能にしているし、その利用技術は実践可能なレベルで確立されている。
 しかし、残された課題もある。尿の貯留、運送をどのように行うのか、誰が行うのか、そのコストは誰が負担するのか、という社会技術面での課題である。
 ただ、コスト面に関しては、一般的な尿処理装置の建設費、ランニングコストと比較すれば安価であると考えることもできる。
 杵島地区では、本来、環境対策費(環境コスト)が要求されるべき家畜尿を、農業改良普及センターや農家の協力によって、施用方法が簡便で良食味米を栽培できる液肥として活用することができた。
 「汚水処理・環境コスト」という視点ではなく、地域内で「循環利用」するという視点から、家畜尿の液肥利用という安価な技術が生まれたのである。そうであれば、循環を地域全体で活用し、個別の農家の環境コストを、地域全体のメリットへと転換する、という社会的技術を生み出すのも可能であろう(注6)。
 杵島地区における家畜尿液肥利用の取り組みの今後の展開に注目したい。

注1:豚尿の成分は、窒素0.3%、リン酸0.03%、カリ0.150.2%、牛尿の成分は、窒素0.5%、リン酸0.05%、カリ0.5%程度である。
注2:汚水浄化能力(活性)を持った微生物の固まり(汚泥)を利用する方法。細かくは,回分式活性汚泥法や連続式活性汚泥法,曝気式ラグーン法等がある。
注3:プラスチック製などの担体(濾材)に微生物を膜状に付着させ,その膜状微生物によって汚水を浄化処理する方法。細かくは,散水濾床法,回転円板法,接触酸化法等がある。
注4:例えば、母豚300頭規模の養豚農家が家畜尿浄化処理装置を導入する場合、その建設費は約6,000万円、ランニング・コストは月額約38万円にもなる〔4〕。
注5:現在の制度では,尿処理装置の建設費の半額は農水省によって補助される。
注6:その具体的なアイデアとしては、液肥・減農薬で栽培した米を地域の学校給食でプレミアムをつけて高めに購入し、その利益の半分を畜産農家に還元することで、畜産農家の負担を軽減する、といった手法が考えられる。
1〕小出繁夫「牛尿豚尿は、安くて限りなく魅力的な肥料」.『現代農業』2001年3月、農文協、pp.182-185
2〕小出繁夫「有機液費を利用した水稲栽培に取り組んで!」佐賀県杵島農業改良普及センター資料、2001
3〕中村修「生ごみ分別・地域循環の現状と課題」長崎大学公開講座叢書122000年3月.
4〕中村修・佐藤剛史「佐賀県杵島地域における家畜尿有効利用の取り組みと課題−環境コストから資源循環型農業へ−」長崎大学総合環境研究,第4巻第2号、2002年4月,pp.1-9
5〕中島紀一「『グリーンストックプラン』についてのいくつかの政策理論問題−環境保全型農業から環境創造型農業へ−」.『第2回日本有機農業学会大会資料』、2001年、pp9-14
6〕吉岡秀樹「佐賀県における家畜尿の有効利用について」http://group.lin.go.jp/leio/tkj/tkj13/tokus132.htm200112月5日現在.


目次へ戻る