エントロピー学会 第20回シンポジウム

9月21日(土) シンポジウムV:循環型農業の技

大木町における豚尿及びメタン消化液を用いた稲作への取り組み

佐賀大学農学部    田中宗浩

1.はじめに

大木町では有機系廃棄物の地域内循環利用を目指して様々な取り組みが行われている。その中の一つに,家庭から出される厨芥類(生ゴミ)を基質としたメタン発酵があげられる(注1)。大木町において計画されているメタン発酵プラントの特徴は,発酵後の消化液を水処理して放流せずに,消化液を液肥として農業利用する点にある。さらに,液肥を用いて栽培された農産物は,町内の給食や直売所へ流通する方向で検討されている。

大木町近郊において,有機系廃棄物を液肥として利用している事例は,福岡県朝倉郡や佐賀県杵島郡における家畜尿を用いた水稲栽培,福岡県椎田町の人糞尿の液肥化利用などがある。また,福岡県星野村や上陽村においても人糞尿の液肥化プラントが稼働している。そこで,大木町では昨年からこれらの事例を参考にしながら,実際に液肥を用いた稲作の実証試験に取り組み,大木町に適合した液肥の取り扱い方法を模索すると同時に,農作物の肥培管理等の基礎資料をはじめとする液肥に関するノウハウの蓄積を図っている。

2. 豚尿液肥を利用した稲作への取り組み

テキスト ボックス: 表1 大木町における豚尿施肥実証水田の概要
圃場名	豚尿A区	豚尿B区	豚尿C区	慣行区
田植え日	6/17	6/17	6/20	6/17
植付株数	15株/m2	20株/m2	17株/m2	15株/m2
面積	1159 m2	1960 m2	2564 m2	2750 m2
栽培品種	ヒノヒカリ	ヒノヒカリ	ニシホマレ	ヒノヒカリ

2001年度は,資源循環型農業実証栽培試験として,大木町内の養豚農家及び3件の耕種農家の協力を得て,豚尿を液肥として利用した稲作の実証試験を行った。試験水田の概要を表1に示した。大木町においては初の試みであり,5.7反の水田へ豚尿が投入された。







2.1 豚尿を散布するための施肥設計

養豚農家から提供された豚尿の成分をみると,全窒素:2.6kg/t,アンモニア態窒素:2.0 kg/t,全リン:0.5 kg/t,全カリ:1.0 kg/t程度であった。水田へ散布するのに必要な豚尿の量は,窒素成分を基準にして算出する。豚尿の肥効は,アンモニア態窒素の含有量を中心として考えるとよい。たとえば,基肥として必要とされる窒素を4kgとすると,豚尿2トンを散布すればよいことになる。

養豚農家において豚尿は貯留されるが,餌の種類や雨水の流入などの影響で,その濃度は必ずしも一定ではない。しかし,豚尿の電気伝導度(EC値)を測定することにより,概算ではあるが窒素量が計算できる。そこで,豚尿の散布直前にEC値を測定し,投入量を増減させることで施肥設計に準じた窒素量の投入を可能にした。

表2には,試験水田へ投入された豚尿及び窒素量,施肥日などの概要を示した。

テキスト ボックス: 	表2 2001年の栽培試験において各試験水田へ投入した豚尿及び全窒素の量(10aあたり)
品種名	試験区		基肥	中間追肥	穂肥@	穂肥A	計
ヒノヒカリ	慣行区	全窒素	緩効性肥料使用1)  8.8kg/10a	8.8kg
		投入量(投入日)	55kg(6/4)	55kg
	豚尿A区	全窒素	4.7kg	2.2 kg	3.4 kg	―	10.3 kg
		投入量(投入日)	1.1t(6/27)	2.0t(7/18)	1.5t(8/11)	―	4.6t
	豚尿B区	全窒素	5.6 kg	2.1 kg	3.3 kg	―	11.0 kg
		投入量(投入日)	3.1t(6/27)	15kg2)(7/10)	4.2t(8/11)	―	3.4t
	窒素の施肥基準値	4.2 kg	―	2.1 kg	1.4 kg	7.7 kg
ニシホマレ	豚尿C区	全窒素	5.6 kg	2.1 kg	3.5 kg	2.5 kg	13.7 kg
		投入量(投入日)	2t(6/27)	15kg2)(7/2)	4t(8/10)	1t(8/24)	4.6t
	窒素の施肥基準値	5.6 kg	―	3.5 kg	2.8 kg	11.9 kg
	1) ヒフクゴールド1号を使用, 2) 化成肥料484を使用

2.2 豚尿散布時の臭い対策

豚尿を散布する際には,悪臭防止策をとる必要がある。佐賀県の取り組みにおいては,尿のpHを下げることでアンモニアの気散を抑制することが可能であると報告されており,大木町においても同様の方法を採用した。豚尿の成分をみるとリンの含有量が低いので,散布する豚尿へリン酸を添加した。また,安全のために消泡剤を添加した(中和反応で激しく発泡するため)。添加量は,佐賀県の事例に習って,豚尿1トンあたり,リン酸を2.5kg,消泡剤を50mlとした。

2.3 液肥散布は流し肥

 液肥を水田へ投入するには流し肥が楽である。水田はあらかじめ落水しておき,水口から水を入れると同時に豚尿を押水して投入するとよい。押水は水位が5cm程度になるまで続ける。豚尿の投入直後は,肥料成分の広がりにムラが生じるが,1〜2日後には田面全体が均等な濃度になることが確認された。
 中間追肥や穂肥の投入も同様の方法で行った。

2.4 稲の生育状況と米の品質

テキスト ボックス: 表3 各実証水田における稲の生育調査結果
実証圃	品種	草丈(cm)	茎数(本/m2)	稈長(cm)	穂長(cm)	穂数(本/m2)	倒伏
		7/13	7/25	7/13	7/25	10/3	10/3	10/3	10/3
慣行区	ヒノヒカリ	45	63	280	464	84	20.2	433	無
豚尿A区		46	66	327	441	86	20.0	381	無
豚尿B区		34	50	326	486	76	18.9	394	無
豚尿C区	ニシホマレ	40	55	292	515	73	18.9	321	無
テキスト ボックス: 表4 収穫時における米の品質調査
試験区	品種	精玄米重(kg/10a)	タンパク質含量(%)	食味値
慣行区	ヒノヒカリ	462.9	8.1	68
豚尿A区		477.6	8.1	70
豚尿B区		404.0	7.1	79
豚尿C区	ニシホマレ	483.3	7.9	67
 表3に稲の生育調査の結果を,表4に収穫時の品質調査の結果を示した。豚尿を用いた試験水田の食味は,慣行区よりも良好となった。豚尿は肥効の切れが早いことから,穂肥として施用しても米に含まれるタンパク質成分の蓄積にはつながりにくく,良食味米ができることが報告されている。昨年の大木町における実証栽培試験も同様の結果となった。

3.メタン消化液を利用した稲作への取組み

 今年度は,豚尿に加えて,メタン発酵消化液を液肥として利用した稲作の実証栽培試験(約4.5反)に取り組んでいる。家畜尿を用いた稲作に関しては,様々な取り組みがなされており,栽培技術や肥培管理の観点からみると,実使用に差し支えない十分なデータの蓄積が進んでいる。一方,メタン消化液の場合は,肥料としてのデータが不足しており,とりわけ肥効率や肥効の持続性は早急に把握しておきたいところである。

 表5には,様々な方式のメタン発酵プラントから得られた消化液の成分分析の結果を示した。メタン発酵を順調に維持するためには,発酵槽への有機物負荷を一定にし,温度やpH等の環境条件を一定に保つ必要がある。また,発酵槽内のアンモニア濃度が高くなると発酵阻害が生じるので,アンモニア態窒素の濃度は運転管理を行う上で重要な指標の一つになる(注2)

テキスト ボックス: 表5 様々なメタン発酵プラントから得られた消化液の成分分析結果
(A〜Eは大手メーカ製プラントから,FとGは手作りプラントから得た消化液)
 	pH	電気伝導度	生物学的酸素要求量	全窒素	アンモニア態窒素	窒素比率*
		EC(mS/cm)	BOD(mg/l)	T-N(mg/l)	NH4-N(mg/l)	(%)
A方式	8.2 	13.3 	2533.3 	2835.0 	1172.5 	41.4 
B方式	8.1 	20.5 	24928.0 	5250.0 	1575.0 	30.0 
C方式	7.5 	21.5 	15900.0 	4020.0 	2123.0 	52.8 
D方式	7.4 	14.9 	5350.0 	3730.0 	2000.0 	53.6 
E方式	7.5 	8.9 	4480.0 	682.0 	180.0 	26.4 
F方式	7.6 	7.6 	4870.0 	2510.0 	1290.0 	51.4 
G方式	8.1 	17.1 	7100.0 	1995.0 	1802.5 	90.4 
* 全窒素に含まれるアンモニア態窒素の比率を示した。
 豚尿の場合は,全窒素のおよそ75%程度がアンモニア態窒素であり,稲作へ利用する際の窒素施用量の肥効率は,「アンモニア態窒素の全量」(佐賀県方式)か「全窒素量×75%」(千葉県方式)として計算する。表5に示したメタン消化液の窒素成分(A〜E)を見ると,全窒素量の約3050%がアンモニア態窒素,残りの窒素は有機態窒素であると考えられる。アンモニア態窒素は短時間で植物へ吸収されるため,肥効が早い(短い)が,有機態窒素は土中において無機態窒素へ変換された後に肥効が発揮される。従って,メタン消化液は豚尿よりも肥効が長く,肥効率も異なる事が推測される。

 現在,消化液を用いた稲のポット栽培を行っている。この栽培試験の結果から肥効率を推測する予定であるが,消化液からは有機態窒素が比較的多く供給されることから,消化液の散布により地力窒素の向上に繋がる可能性も高く,数年間は継続して肥効試験を行う必要があると考えられる。

 消化液の成分把握は,肥培管理に必要な情報の一つである。安定して稼働しているメタン発酵プランに関しては,消化液の成分変動も少なく一定の品質に保たれている。また,成分分析も定期的に実施されているはずなので,日頃の成分実測値を参考にして施肥設計をすることができる。また,一部のデータから結論を出すのは性急だが,メタン消化液の電気伝導度EC値)と窒素量の間に相関関係が認められるようである(ECと全窒素の間にはR=0.73,アンモニア態窒素との間にはR=0.71)。 つまり,消化液の電気伝導度を把握しておけば,窒素量の概算が可能となるので,成分測定値が手に入らない場合は,EC値から簡易的に窒素量の推測ができる。参考までに電気伝導度から窒素量を算出するための回帰式を次に示す(注3)

 全窒素量(kg/t)=

              電気伝導度(mS/cm)×0.2020.004

 アンモニア態窒素(kg/t)=

              電気伝導度(mS/cm)×0.0870.147

4.液肥を使用する際の臭いの問題

豚尿やメタン消化液に含まれるアンモニアに関しては,酸性物質を添加してpHを中性付近まで下げれば気散を防ぐことが可能である。しかし,アンモニア以外に,硫化水素,硫化メチル,メルカプタン類の臭い物質も気散するので,酸性物質を加えるだけでは根本的な防臭対策とは言えない。そこで,散布する曜日,場所,時間,風向きなどには注意を払うべきである。

5.曝気処理水を用いた葉菜類の栽培試験

家畜尿の脱臭(浄化)対策の一つとして,曝気処理が有効である。曝気には大きく二種類の方法(効果)がある。

単純曝気:尿を単純に曝気する。アンモニアが気散し,嫌気発酵を防ぐので硫化水素や硫化メチルなどの悪臭物質が生成しない。ただし,有機物は殆ど分解されない。

活性汚泥法:好気性菌の固まりである活性汚泥により有機物の分解促進をはかる。BODが低下し,臭いは殆どなくなる。

 これらの曝気処理を行うには,設備投資やランニングコストが必要であることから,施設導入は慎重に検討する必要がある。

上記に示した活性汚泥法により,有機物が無機物へ分解されるため,即効性のある液肥ができる。そこで,豚尿汚水に曝気処理を施した処理水を用いてチンゲンサイの栽培試験を行った。栽培には1/2000アールのポットを用い,元肥として栽培土壌に堆肥を加えた。堆肥の量は,@80g,A60g,B40g,C20g,D0gとした。栽培期間中は,豚尿処理水を一日おきに投入した(100g400g)。処理水の投入量は,排液として土壌からしみ出さない量に制御した。その結果,チンゲンサイはいずれの試験区に於いても生育障害は発生せずに良好な生育を示した。地上部生体重は,B630.86g,A624.94g,C581.38g,@566.7g,D521.66g であり,AとD,BとDの試験区間に有意差が確認された(p<0.01)。各試験区における栽培開始及び終了時の土壌中の無機成分濃度を比較すると,T-NCaOMgO1050%の範囲で有意に減少し(p<0.01),いずれの無機成分も,栽培前後で土壌中の濃度が上昇することはなかった。つまり,液肥の施肥を適量にとどめることで土壌への塩類集積が回避でき,同時に適量の堆肥を混用することで,作物の生育が向上する可能性が確認された(注4)

メタン消化液には有機物も含まれているので,継続した施用により土壌改良効果が発現することも予想できる。今後は様々な観点から栽培試験を行い,液肥の機能を確認する必要があろう。

(注1)      試験運用のため,家庭厨芥に限定している。
(注2)      アンモニア態窒素の濃度は,発酵基質,プラントの発酵方式,実験方法などの条件によって様々であるが,15003000ppm以上になるとメタン菌の発酵阻害を引き起こす。
(注3)      基準となるサンプル数が少ないので,実際の窒素量計算に使用するには信頼性が低い。
(注4)      液肥を畑地で使用するためには運搬や散布方法を確立する必要がある。

−参考文献−

大木町,JA福岡大城,南筑後農業改良普及センター (2001):平成13年度 良質米生産ごよみ.
佐賀県杵島農業改良普及センター:有機液肥を利用した楽々米作り.
小出繁夫(2001):牛尿豚尿は,安くて限りなく魅力的な肥料,現代農業,農文協,3月号.
桑原衛(2001):ポリチューブで作る自前のエネルギープラント,現代農業,農文協,4〜6月号.
吉岡秀樹(2001):佐賀県における家畜尿の有効利用について,畜産環境情報,13.
田中宗浩 他(2002):福岡県大木町における豚尿の水田施用に関する研究―地域内における資源循環型稲作の実証試験―,農業機械学会九州支部誌,51, 17-22.


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