エントロピー学会 第20回シンポジウム
9月21日(土) シンポジウムT:ローカルな経済を創る 地産地消の技
長崎県における地産地消運動の展開方向
長崎県農林部農産園芸課長 春日 健二
1 なぜ地産地消か
「地産地消」とは、地場生産されたものが地場消費されるものという概念であり、特に農産物に関して「地域で生産された農産物を地域で消費する」という意味として用いられている。
なぜ、「地産地消」なのかというと、消費者の立場に立てば、地元に農地があり、野菜等の農産物が生産されているにもかかわらず、店頭で売られているものは別の産地のものである場合が多く見られ、このような流通を変えていこうという運動に由来すると思われる。同時に、貴重な農地が宅地化され、日頃の生活が農業から縁遠いものになっていくのを感じて不安を覚えていることも、こうした運動が広がっている要因と考えられる。
一方、行政の立場からすれば、地産地消を通じて、輸入に対するセーフティネット、自給率の向上、農村の活性化に資するものとして、盛んに議論されつつある。また、フードマイレージ(食料消費量と食料輸送距離を掛け合わせたものの和)の概念に立った、新たな価値観として位置づける動きもある。
長崎県は、大消費地から遠く離れており、特産品であるばれいしょ、びわ、みかん、にんじん等について、ロットをまとめ、市場を通じて京阪神を主体に出荷している。
しかしながら、近年、農産物価格が低迷する中で、価格に占める輸送コスト比率が高まり、農家の経営意欲が減少する中で、「大量生産―大量流通システム」が抱えている問題、例えば消費者に届くまでの流通経路が長いことや、小口品や規格外品の排除、生産者及び消費者が互いに顔の見えない関係となっていること等に気づくにつれて、本県においても「地産地消」を取り戻そう、又は「地産地消」を新たに構築していこうという気運が各地で広がっている。
このような中で、本県においても昨年9月に「ながさき農産物地産地消運動」推進本部を立ち上げ、関係者が一体となった取組が行われており、今後ともこれらの運動を推進することとしている。
2 長崎県における取組の現状
(1)ながさき農産物地産地消運動推進本部
食に対する安全・安心への関心の高まり等を背景に農業体験や食農教育を含めた取組を推進するため、従来の大消費地向け流通と併せて、県産農産物を県内で消費するという地産地消運動を展開することが重要であるとの認識により、昨年9月に農業者団体と行政が一体となって、「ながさき農産物地産地消運動」推進本部を立ち上げ、県民総意のもと、消費者の視点に立った運動を展開している。
運動の推進方針は大きく3つで、@安全・安心な食料生産・供給体制の整備、Aながさき農林業・農村の応援団の充実、B食・農教育の推進、を基本的な考えとして、各種の施策を展開している。
具体的には、@少量多品目生産、流通に対応した産地の育成、A農産物直売所の登録、連携の推進、B学校給食への地元農産物の利用促進、Cグリーン・ツーリズム等を通じた農業体験の推進、等を実施していくこととしている。特に、直売所については、地元農産物を地元の消費者に提供する中核的な場として重要であり、また、学校給食は、子供達への地元農産物の理解の増進につながるものとして重要であることから、両分野については重点的に支援することとしている。
(2)直売所
@ 直売所が地産地消に果たす役割
長崎県内では、農村部内において余剰農産物等の無人販売の形態から始まった直売所が、昭和60年代初めから増え始め、生活研究グル−プによる農産加工品の追加等品目や店舗・販売方法の充実とグリーンツーリズム等の観光客の増加のなかで急速に農村部を中心として増加してきた。
また、古くから市内の市場周辺では、農家や漁家による路上販売が見られ、一部の動きとして都市部のJAのAコープの一角に直売コーナーを設けたり、町が都市部の市場や大型量販店に直売コーナーを開設する動きもある。
こうした農家による直売の動きは、消費者から見れば、地元の新鮮な野菜や果物が手頃な値段で入手できるという特性を有し、生産者から見れば、自らが流通・販売を手がけることにより、小売価格の低減化と販売利益の内部化に資するものとして、重要な役割を担っている。
一方、食の多様化、高齢化の進展、女性の社会進出等を背景に調理の簡素化が進行しつつあり、生鮮品を購入して家庭で調理を行うことから総菜等の加工品を購入する傾向が見られる。また、直売所を恒常的に利用している消費者にとっては、スーパーのように品揃えの充実を求める動きも見られる。
A 直売所の実態
平成13年8月に農業改良普及センターが調査を行ったところ、県内の直売所の設置数は202カ所で、うち有人の直売所は45%、また、売り上げが3000万円以上の直売所が25%となっている。設置場所は農村地区:22%,住居地区:13%,主要道路沿い:56%となっており、マイカーを利用した消費者をターゲットに、主要道路沿いに設置されているケースが多い。最近では、スーパーの食料品売り場の一角に地元農産品の直売コーナーを設ける事例も増加している。
また、消費者の視点から、県政モニターを通じて直売所を調査したところ、直売所を利用する人は8割にのぼっている。
○直売所の利用状況
資料:消費者の食品に関する意識調査より
以上、直売所を類型化すると、次の4つに分類ができる。
ア 地域内自給型
農業者による地元農産物販売が多く小〜中規模であり、購買層も地域住民が中心であるが地域内自給で、地産地消のベースとなるものであり、農村活性化の原点である。
イ グリーンツーリズム型
余暇時間の拡大,田舎へのあこがれ等により、グリーンツーリズムへの取組みが増加傾向で推移しているが、地域によっては飽和状態に近くなっている。
ウ 市街地設置型
従来からあった市場が縮小傾向のなか、JA直営による直売所の設置等の動きも見られる。
エ 大型商業施設テナント型
複合商業施設の相乗効果で集客が期待でき、また、マイカーによる消費目的(週末のまとめ買い等)の来客であることから、重くかさばる農産物販売には有利なことから直売の推進方向としても重要と考えられる。
○直売所の分類
(生産者タイプ) |
主な購買層 |
設置場所 |
開設日 |
主な |
特 徴 |
地域内自給型 |
地元消費者 |
農村集落内 |
常設中心 |
徒歩 |
無人販売が多い 簡易な施設 |
グリーンツーリズム型 |
G・T= |
農村集落部 主要道路沿 |
常設中心 |
自家用車 |
余暇利用 観光・ドライブ兼用 増加傾向 飽和状態に近い? |
市街地設置型 |
都市消費者 |
都市街区内 |
常設 |
徒歩 |
従来型市場等が縮小傾向の中、 |
大型商業施設テナント型 |
都市消費者 |
都市部郊外 大型複合店 |
常設 |
自家用車 公共交通 |
大型店内設置が多い。増加傾向 |
B 今後の取組
直売所は、多様化する消費者ニーズに対応するため、施設の設置や運営方法、対象とするターゲット等も多様化している。
今後は、交通手段を持たない高齢者への対応、都市部の消費者や観光客に対応した品揃えや周年安定供給体制の充実、地元レストランや学校給食等への対応等について、ターゲットを明確にした販売戦略を確立する必要がある。
一方、直売所の設置が進むにつれ、無秩序な設置による過当競争や、過剰投資による経営不振等が発生する場合もある。このため、今後はハード面のみならず、経営等のソフト面における支援を充実させる必要がある。また、直売所同士の連携により、消費者へのPR等を行うことも重要である。
(3)学校給食
@ 学校給食が地産地消に果たす役割、課題
学校給食は、児童・生徒に必要な熱エネルギーの供給や栄養バランスの確保を図り、心身の健全な発達を図るとともに、健全な食生活の維持・推進に重要な役割を果たしている。
しかしながら、学校給食は栄養的にバランスのとれた安全で安価な食事を提供することを第一としていることから、使用できる食材には限りがあることや、一定量の食材を安定して調達する必要があること等から、地域により差はあるものの、卸売市場を通じて最も安全で安価な原材料を調達する傾向にある。
このような中で、学校給食に地元の農産物をビジネスとして提供する場合、次の課題がある。
まず、多様な学校給食ニーズに対応したきめ細かな生産に対応する必要がある。本県の農業は大消費地から遠く離れていることから、大ロットで市場を経由した生産・流通体制となっていることから、小量多品目生産に対応していない産地が多い。また、集出荷施設も特定品目に対応した施設となっている例が多い。
次に、学校給食ニーズにビジネスとして積極的に対応しようとする生産者サイドの意識の高揚が必要である。本県の小中学校生は合計15万人弱であるが、食材費を1食200円と仮定すれば、市場規模は約60億円と推定される。学校給食に地元の農産物を提供するためには、どの時期にどのような作物がどれだけ生産可能かどうかの把握と、その情報を給食サイドに提供し、売り込みを行う必要があるが、これらのことに積極的に対応していない産地が多い。また、学校給食に地元の農産物を提供することは、他の産地と区別して取引が行われること、流通コストの大幅な削減につながること等のメリットを有することを、生産者に認識してもらうことも必要である。
A 長崎県における県産品利用の実態
ア 平成11年度調査(12月 58校)
利用率(重量ベース)
県 産 57%
地元産(市町村産) 6%
イ 平成13年度調査(10月、2月、142校)
利用率
県 産(重量ベース)64%
県 産(カロリーベース)43%
学校栄養職員の意識調査概要
▽地元農産物を学校給食に利用することは大切である。(96%)
▽地元農産物を活用するよう工夫・努力している。(66%)
▽今後の課題
・材料調達のための組織づくりが必要
・献立変更に対応するための条件整備が必要
・地元農産物生産の振興が必要
・生産に関する情報不足等
ウ 14年度調査(市町村の食材調達の実態)
○納入業者の仕入れ先
県内市場 : 48%
県外市場 : 30%
地元農協 : 4%
地元生産者: 11%
○県産品利用拡大の可能性
畜産物: 現状維持の回答が多い
野菜 : 葉物類の利用拡大の回答が多い
果実 : 拡大と現状維持が拮抗
○地元産利用拡大の可能性
畜産物: 現状維持の回答が多い
野菜 : たまねぎ、葉もの類について、利用拡大の回答が多い
果実 : 現状維持の回答が多い
○ 学校給食における食材購入の実態調査(単位:%)
注)79市町村に対するアンケート調査(H14.6)より抜粋(複数回答あり)
C県内の事例紹介
ア 生月町の事例
組織の名称:給食部会(農家14名)
給 食 数:1,020食
納入実績
品 目 |
12年度 |
13年度 |
自給率 |
ばれいしょ |
3,961 kg |
3,887 kg |
100% |
その他:きゃべつ、だいこん、白菜、さつまいも等
給食センターは月1回給食部会に注文、給食部会は朝8時までに納入、30年間継続している。
イ 豊玉町の事例
組織の名称:対馬農協豊玉支所管内農家グループ(19名)
納入品目:ばれいしょ、にんじん、たまねぎ、乾しいたけ等
対馬農協豊玉支所は給食センターへ納入可能な農産物及び量を報告。
給食センターは支所に対し、毎月、翌月分の注文し、支所が調整を行い集荷、納品する。
B今後の取組
生産者サイドと消費者サイドの交流、連携がほとんどなく、お互いに状況を把握していないのが実態である。このため、今後は、生産者サイドと学校給食サイドとの連絡調整のための協議会を積極的に設立していく必要がある。また、供給サイドにおいて農産物の供給リストを作成し、その情報を提供することで学校給食サイドでの地元農産物の利用の促進を図ることが重要である。さらに、学校給食への地域農産物の提供をシステムとして確立するため、上記の協議会等を通じて、生産者サイドと学校給食サイドの役割分担を明確にする必要がある。
なお、14年度においては、大村市等5市町をモデル地区として、以下のことを実施することとしている。
・協議会の開催
・地区計画の策定
・シンポジウムの開催
・郷土料理講習会の開催
・保護者との交流会
・試作ほの設置 等
3 地産地消運動の推進方向
長崎県民は150万人、54万世帯であるが、コメ、大豆加工品、牛乳、卵、肉類、野菜、野菜加工品、果物等、地元で生産可能と思われる農産物等の一世帯当たりの消費額は年間約24万円となっており、県内における年間消費額合計は約1300億円となる。県内の農産物の粗生産額は1400億円弱であることから判断すれば、地産地消の推進は、農業生産の推進からみても重要な課題である。もちろん、生産される品目や時期は限られるため、生産された農産物のすべてを県内で消費することはできないが、従来のように大都市ばかりに目を向けた販売戦略については、修正する余地が十分があると考える。
今後とも、地産地消をアグリビジネスの一つとして位置づけ、生産者の意識改革や消費者との連携の推進を図り、地産地消を積極的に推進していく必要がある。
○一世帯当たりの消費額(単位:円)
資料:総務省「家計調査」(H13)より
<参考資料>
・「長崎県の農産物直売所」(平成13年8月、長 崎県農業技術課調べ)
・「長崎県内の農産物直売所における実態調査結 果」(平成12年3月、長崎県農業技術課調べ)
・平成13年度「学校給食における地域作物利用 状況調査結果」(長崎県学校栄養士会)
・「消費者の食品に関する意識調査 調査結果報 告書」(平成13年12月、長崎県農産園芸課)