エントロピー学会 第20回シンポジウム
9月21日(土) :省エネ授業
省エネ授業の効果と流れ
NPO法人地域循環研究所 研究員 山口 龍虎
1.はじめに
NPO法人地域循環研究所の母体である長崎大学環境科学部中村修研究室では、平成11年度から、(財)省エネルギーセンターの地域省エネルギー活動広報支援事業の一環として、省エネルギー実践のノウハウを学校教育にもりこむ「省エネ授業」に取り組んできた。
授業には、従来の、「学び・調べ・内容を発表する」形態に加え、「家庭で実践する・データを取る」プロセスが新たに組み込まれている。
この授業は、「子供たちが主体的に動くこと」、さらには、「省エネ活動の輪を学校から家庭に、家庭から地域へと広げていくこと」を目的にしている。
子供たちは、省エネを学び、家庭で実践することで、机上の問題でしかなかった環境問題を、実は生活に密着した自分にとって身近なものなのだとしっかり認識できるようになる。
また、子供が家庭で省エネを実践するという行動は、家族の協力を促し、一家団らんの時間を増やす、といった効果をもたらす。
この実践によって、省エネ生活が必ずしも快適さを規制するわけではないことに気づいていく。
この経験が省エネを前提とした新しいライフスタイルへの変革をもたらし、その担い手として子供たちが大いに活躍するのである。
2.省エネ授業の流れ
この省エネ授業は内容的に4部から構成されている。そして、各4回の授業の前に必ず課題が与えられる。課題に取り組み、授業を聞く、そしてまた次の課題に取り組む、ということを繰り返す中で、子供たちは主体性や思考力、表現力を深めていくことができる。
授業の構成は次のとおりである。
省エネ授業の構成 課題1 40年後の未来像を描く 課題2 家庭のエネルギー消費について調べる 課題3 省エネ計画を立てて実行する |
第1部では、課題1で、子供たちに40年後の未来を考えてもらう。特に何らかの先入観は与えない。まずは自由に考えてもらう。自分自身で40年後の未来を考えることで、導入部の時点から主体性をもたせるようにしている。考えた内容はその後の学習の比較材料となる。
授業1では、豊かな未来が来ないことを説明する。車が空を飛び、ロボットが登場する未来が描かれたものなど、他の小学生が描いた絵もいくつかここで紹介する。
車が空を飛び、ロボットが動くためにはたくさんのエネルギーが必要となるが、40年後には石油がなくなるといわれている。もし、40年後に石油がなくなれば、車は空を飛べないし、ロボットは動けないことになる。
こういう未来はない、逆にエネルギーがもっと使えない中で、みなさんは未来を迎えなければいけないのだという趣旨のことを、データを示して説明する。
大半の子供たちが描く豊かな未来は、実は来ないのだということを認識してもらい、省エネをやらなければ、環境問題をもっと考えなければ、と子供たちが考える動機付けとする。
第2部では、前回の省エネへの動機付けを受けて、エネルギーについて勉強をはじめる。
課題2で、各家庭のエネルギー消費について調べてもらう。電気メーターの数字の変化を見ることから始める。
また、家族へ聞き取りを行うことで、昔と比べて、今、どのくらいたくさんの電気製品やエネルギーを使っているのかというのを子供たちに認識してもらう。この作業を通して、子どもたちは、自分で調べ、わかることの面白さを体感することになる。同時にこの調査を、家族を巻き込む布石とする。
授業2では、省エネ活動を理解するために電気の用語であるW(ワット)、Wh(ワットアワー)等を説明する。
数字の読み方を学び、単なる数字の増加を見るという段階から、それが何を意味しているかを理解するという段階へのレベルアップを図る。
各家庭で電気製品、例えばテレビやエアコンがどれくらい1日に使われているのか、それぞれの電気製品がどれくらい電気を消費するのかを子供たちに調べてもらう。
調査を通して、子供たちはこれから省エネを実践する際、何処にポイントをおけばよいのかを理解できるようになる。
前回までに身に付けた知識を使って第3部では、1週間省エネを実行する。また、保護者に省エネの取り組みを発表してもらう
課題3で、省エネのコツを知ったうえで実践し、その効果を確認する。
授業3では、実際に家庭で行った省エネを保護者に話してもらうことで子供たちの活動の励みにする。また、省エネをごく身近なものとして見つめるようにする。
この授業によって、保護者の「少しはがんばらなきゃいけないのかな」という意識を引き出すこともできる。
第4部では、これまで自分が取り組んだ省エネ活動を振り返り、また、保護者による省エネの成功例や失敗例を聞いて、どうしたらもっと合理的に省エネができるのかを考え、もう一度省エネ実践にチャレンジしてもらう。
さらに省エネ活動を契機に、その背景にある地球温暖化についても考えてみる。
課題4で、はじめ立てた机上の省エネ活動計画から、今度は現実に即した活動計画を立てる。さらに背景にある地球温暖化というものを考えることで省エネ活動の位置付けが自覚できる。
授業4では、省エネを実践したこと、あるいはこれがきっかけになって地球温暖化や環境問題等について考えて調べた内容をそれぞれに発表してもらう。
発表することにより、子供たちが活動してきたことの意味を整理し、自分自身でつかむことになる。
以上が、この授業の大まかな流れとなっている。
3.省エネ授業の効果
授業を行うにあたり、重要なポイントとなるのが、子供たちに実際に体を動かして取り組んでもらうことである。情報だけを与えるということはしない。
電気メーターをみたり、消費電力を調べたりすることで、子供たちは、実際の自分の暮らしと電気の消費量をつなげられるようになってくる。2週間ほど経過すると、何がどのくらい電気を使っているのかがみえてくるようになる。
実際に体を動かして調査する中で、理屈としてみえてくるため、省エネへの取り組みも合理的なものとなる。ここが、従来の観念的な省エネ活動とは大きく異なっている点である。
授業を受けた子供たちは、家庭で省エネを実践するわけだが、ほとんどの家庭で電気の消費量を減らすことに成功している。
次の表は、「省エネについての意識・意欲」の変化について、平成11年秋に省エネ授業を行った福岡県大木町大溝小学校5年1組の児童のアンケート結果である。
省エネについての意識・意欲
※表中の数字の単位は(人)
@ |
A |
B |
|
省エネ授業を受ける前 |
29 |
5 |
2 |
省エネ授業を受けているとき |
2 |
22 |
12 |
省エネ授業を受けた直後 |
0 |
6 |
30 |
現在(注) |
2 |
16 |
18 |
@全く関心がない、意識していない、意欲がない
A少しは関心がある、意識している、意欲がある
Bとても関心がある、意識している、意欲がある
(注)平成12年12月
(出展)(財)省エネルギーセンター、2000、「省エネアンバサダー」第10号
ここで注目すべきは、授業後1年経った時期においても、多くの子供たちが省エネに対する高い意識・意欲を持続させている点である。
授業を受ける前と受けた後での省エネについての意識・意欲は、ほぼ正反対にまで逆転しているが、その後も省エネへの関心が消えていないことは、授業の効果の大きさを表している。
子供たちは、省エネ授業の中で、自分の体を使って調査をおこない、合理的な省エネを実践している。
この経験があるため、時間が経過しても、省エネ実践を経験する前の感覚には戻りにくいと言える。
4.手法としてのPDCAサイクル
PDCAサイクルは、ISO14001のマネジメントシステムに用いられる手法であるが、この省エネ授業には、同様の手法が取り入れられている。
省エネ授業では、2.で説明したように、子供たちは、省エネを実践する前に予備調査を行っている。家庭内で確認できる電気製品全てについてその消費電力を調べている。
それをもとに省エネ計画をつくり(Plan)、実行する(Do)。
ただ、ここでの省エネは、あくまでも机上の計画に基づいたものであるから、実際の生活の中でその計画を実行しようとすると、省エネ効果と生活の快適さの両立が困難になる場合が多い。生活に必要なものまで、とにかく省エネ、ということになりかねないからである。
そこで、反省点や新たな問題点を洗い出し(Check)、計画を見直しもう一度やってみる(Action)。
これを繰り返すことで、生活に適合した具体的で確実な方法をみつけることができる。
授業の中でPDCAサイクルについて触れることは特にないが、この授業を消化することは、PDCAの手法も同時に学ぶことになるのである。
5.省エネ発電所
省エネ授業による子供たちの活動成果をさらに発展させることを目的としているのが「省エネ発電所」である。
「省エネ発電所」とは、省エネが発電所建設と同じ役割を果たしているところから名付けられている。
例えば、太陽光発電で1kw分の発電機を建設するには100万円以上の多額の費用が必要となる。10Aとは1kwの発電能力のことであるから、契約アンペアを10A下げたとすると1kwの新しい太陽光発電機建設と同じ意味をもつのである。
これを全国的に集計し、確実に積み上げていけば、取り組む側としては大変な励みになる。
子供たちは、Web上で「省エネ発電所」に登録することにより、自分の活動がどれだけ社会に貢献しているのかを数字で実感できるようになる。
「省エネ発電所」は、省エネ活動を単なる観念論で終わらせず、目に見えない省エネを目にみえる形として積み上げていくことができるようにしようという試みである。
6.子供たちは地域を変える主体
情報だけを与えられる環境問題の学習は、学びを深めるにつれて、未来に対する希望を削りとり、閉塞感に陥ることになりがちである。
しかし、子供たちの活動には、そうした状況を打破するだけの力がある。
省エネを実践していく中で、子供たちは、まず、身近な社会である家庭をより良く変化させるという体験をする。
活躍の場さえ与えられれば、省エネの技術をもった子どもたちは、学校や地域へとその活動範囲を広げていくことができる。
福岡県大木町の大溝小学校では、平成13年度の総合的な学習の時間で5年生が省エネ授業に取り組み、最後の授業で役場の省エネ調査に出かけている。(写真)
役場のチェックを行う子どもたち
普段は他人から評価されることを好まない大人も、子供たちの取り組みには協力的で、真摯に質問に答えようと努めている。
一方、子供たちも、地域社会へ積極的に関わっていくことで、自分が地域の一員である自覚を持つきっかけになったのではないかと思われる。
子供たちが地域に関わりを持つ機会を得ることで、大人と子供双方によい相乗効果をもたらすのである。
大人は子供を「教えるべきもの、情報を与えるべきもの」とみなしているが、逆に子供が家庭や地域の大人に働きかけ、現状を変えていく。
この省エネ授業では、生き生きしながら環境問題を学び、その解決策を実践していく子供たちの姿が数多くみられる。
子供たちは自分が身につけた技術と体を使った実践を通して、未来は希望のない閉塞的なものではなく、好転する可能性があるということを、大人たちに示してくれる。
<参考資料>
1)(財)省エネルギーセンター、2000、「省エネ授業実践事例講習会報告書」
2)長崎大学環境科学部中村修研究室、2000、「省エネ授業の進め方」
3)(財)省エネルギーセンター、2000、「省エネアンバサダー」第10号
4)地域循環研究所、2002、「環境行動実践ソフト 未来をつくる〜省エネ編〜 省エネ発電所を建設しよう」